事務所の賃貸契約の支払明細を手に取り、どれを費用にすればいいか考えている中小企業のひとり経理の担当者

敷金・保証金・礼金の仕訳|事務所を借りたときのお金の分け方

「事務所、移転することになったから。あとはよろしく」

社長にそう言われて数日後、不動産会社から届いた1枚の明細を見て、手が止まりました。

敷金。保証金。礼金。前家賃。仲介手数料。火災保険料。

合計は百万円を超えています。どれも同じ「支払い」の顔をして並んでいるのに、たぶんこれ、全部同じ科目じゃないですよね。そんな予感だけがあって、でもどう分ければいいのかがわからない。

ひとりで経理を回していると、こういう「数年に一度しか来ない、金額の大きい取引」がいちばん怖く感じます。毎月の記帳なら手が覚えているのに、事務所を借りるのは前回が何年も前で、そのときの仕訳を残した人はもういないかもしれません。しかも金額が大きいぶん、間違えると決算まで響きます。

でも大丈夫です。この明細の分け方は、覚えることが2つしかありませんでした。「返ってくるか、返ってこないか」と、返ってこないお金の「20万円の線」。今日はこの2つを、一緒に頭の中に置いていきましょう。

結論:明細は「返ってくるお金」と「返ってこないお金」に分ける

先に全体像です。契約時に払うお金は、性質でいうと3つに分かれます。

区分何が入るかどう処理するか
預けるお金(返ってくる)敷金・保証金のうち、退去時に返ってくる部分差入保証金(資産)。費用にしない
戻らないお金(返ってこない)礼金・権利金、敷金のうち返還されない部分(敷引き・償却)20万円未満なら支出時に費用/20万円以上なら長期前払費用にして数年で分ける
毎月の費用前家賃、仲介手数料、保険料などその期間の費用(地代家賃・支払手数料・保険料など)

いちばん間違えやすいのは、1行目と2行目が「敷金」という同じ名前の中に混ざっていることです。契約書に「敷金のうち○%は退去時に返還しない」と書いてあれば、その1本の敷金は、上の表の1段目と2段目に割って記帳することになります。

事務所を借りたときに払うお金を、預けるお金・戻らないお金・毎月の費用の3つに分けて示した図
契約時の明細は、この3つに割り振るだけ。敷金は1段目と2段目にまたがることがあります。

以下、ひとつずつ見ていきます。今日は1段目と2段目だけ読めば十分です。

① 預けるお金:敷金・保証金は「差入保証金」

まず、いちばん金額が大きいところから。

敷金や保証金は、退去するときに返してもらう前提で預けているお金です。会社の外に出ていったように見えても、財産としては手元に残っています。だから、費用にはしません

使う科目は「差入保証金(さしいれほしょうきん)」です。「敷金」という科目名を使っている会社もありますが、どちらでも構いません。大事なのは、一度決めたらずっと同じ科目を使うことです。途中で変えると、前期と比べたときに数字が追えなくなります。

差入保証金  600,000 / 普通預金  600,000

消費税は「不課税」

ここ、迷いやすいところです。

預けているだけで、まだ誰かにモノやサービスの対価として払ったわけではありません。だから、消費税はかかりません(不課税)。会計ソフトで「課税仕入れ」を選んでしまうと、その分だけ消費税の計算がずれてしまいます。

税区分の考え方そのものは、消費税の税区分(課税・非課税・不課税・免税)の見分け方に整理してあります。迷ったら並べて見てください。

貸借対照表では「投資その他の資産」

差入保証金は、返ってくるのが何年も先になることがほとんどです。決算書では、固定資産の中の「投資その他の資産」に並びます。

「使ってもいないのに、資産としてずっと残り続ける」——この感覚が最初は不思議に見えますが、そのままで合っています。貸借対照表全体の読み方は、貸借対照表の見方からどうぞ。

ここで大事なのは、契約書の該当条項をコピーして仕訳の証憑と一緒に綴じておくことです。何年も先の退去のときに「いくら返ってくる契約だったか」を探すのは、たいてい別の人になります。今日の5分が、そのときの1時間を助けます。

② 戻らないお金:礼金・敷引きは「繰延資産」になる

次が本題です。

礼金や権利金、それから敷金のうち「退去時に返還しない」と決まっている部分(敷引き、または償却と呼ばれます)は、返ってきません。つまり、いつかは費用になります。

問題は「いつ費用にするか」です。

このお金は、その月の家賃のように1か月分の対価ではありません。これから何年か、その事務所を使い続けるために払ったお金です。だから税務では、支払ったときに全部を費用にするのではなく、何年かに分けて費用にしていくことになっています。この「何年かに分けるお金」のことを、繰延資産(くりのべしさん)と呼びます。

分かれ道は「20万円」

とはいえ、少額のものまで何年も追いかけるのは大変です。そこで、線が引かれています。

金額処理
20万円未満支出したときに全額を費用にできる
20万円以上長期前払費用などに計上し、償却期間で分けて費用にする

この20万円未満で全額費用にしてよいという扱いは、法人(法人税法施行令)にも個人事業主(所得税法施行令)にも同じように用意されています。礼金が19万円なら、その場で費用。21万円なら、5年に分ける。それだけの差です。

20万円は税抜か、税込か。これは自社の経理方式で決まります。税抜経理なら税抜金額で、税込経理なら税込金額で判定します。礼金20万円ちょうど前後のときは、ここで結論が変わるので落ち着いて確認してください。方式そのものの違いは、税込経理と税抜経理の違いにまとめてあります。

似た線引きは、備品を買ったときの10万円・20万円・30万円にもあります。考え方は同じ仲間なので、経費か資産か|10万・20万・30万円の判断ラインと並べて覚えておくと、迷う回数が減ります。

20万円以上なら、償却期間は原則5年

20万円以上になったときの「分ける年数」は、建物を借りるために払った権利金等であれば、原則5年です。

ただし、例外がひとつあります。

たとえば「2年契約で、更新のたびに新賃料の1か月分を礼金として支払う」という契約なら、5年ではなく2年(24か月)で分けます。契約書の更新条項を一度だけ見ておけば決まる話です。

なお、償却期間は年ではなく月割で計算します。期の途中で契約したなら、契約した月から決算月までの月数分だけを、その期の費用にします。

③ 毎月の費用:仲介手数料・前家賃・保険料

残りは、比較的あっさりしています。

項目科目の例補足
前家賃(契約時に払う当月分・翌月分)地代家賃翌期分が含まれるなら決算で前払費用
仲介手数料支払手数料一般に支出した期の費用。繰延資産にはしない
火災保険料保険料期間に応じて按分。1年を超える分は前払費用・長期前払費用へ
保証会社の保証委託料支払手数料消費税の扱いは請求書の記載で確認する
鍵交換費用・看板設置費用など修繕費・消耗品費など内装工事は金額により資産になることも

仲介手数料は、礼金と同じタイミングで同じくらいの金額を払うので、つい同じ扱いにしたくなります。でもこちらは「仲介という役務の対価」なので、繰延資産にはせず、支出した期の費用にするのが一般的です。ここは分けて覚えてください。

内装工事や間仕切りの設置など、まとまった工事をした場合は、費用ではなく資産になることがあります。その判断は、修繕費と資本的支出の分け方を見ながら進めると迷いにくくなります。

具体例:明細1枚を、そのまま仕訳にしてみる

言葉だけだと組み立てにくいので、実際の明細で追ってみます。

前提:事務所(住宅ではない)を借りた。税抜経理、消費税10%。契約書には「敷金のうち132,000円(税込)は退去時に返還しない」と書かれている。

項目金額
敷金600,000円
礼金330,000円(税込)
前家賃(当月分)330,000円(税込)
仲介手数料330,000円(税込)
合計1,590,000円

これを分けると、こうなります。

差入保証金      468,000 / 普通預金   1,590,000
支払手数料      120,000
長期前払費用    300,000
地代家賃        300,000
支払手数料      300,000
仮払消費税等    102,000

1行ずつ確かめます。

借方の合計は 468,000 + 120,000 + 300,000 + 300,000 + 300,000 + 102,000 = 1,590,000円。貸方と一致しました。

そのあと:礼金を毎期どう費用にするか

長期前払費用にした礼金300,000円は、置いたままにはできません。毎期、少しずつ費用に振り替えます。

5年(60か月)で分けるなら、1か月あたり 300,000 ÷ 60 = 5,000円です。

たとえば3月決算の会社が、10月に契約したとします。初年度は10月から3月までの6か月分なので、

5,000円 × 6か月 = 30,000円

長期前払費用償却  30,000 / 長期前払費用  30,000

翌期からは12か月分で、5,000 × 12 = 60,000円。これを5年目まで続けて、最後の期に残り30,000円を落として終わりです。合計すると 30,000 + 60,000×4 + 30,000 = 300,000円。ちゃんと払った額に戻ります。

この償却が、いちばん忘れられます。契約した期は明細を見ながら丁寧にやるのに、翌期からは何のきっかけもないまま1年が過ぎるからです。防ぎ方はひとつだけ——決算整理仕訳の総点検リストに「長期前払費用の償却」の1行を、いま足しておくことです。

消費税:事務所と住宅で、扱いが変わる

もうひとつだけ、大事な分かれ道があります。

同じ礼金・敷引きでも、借りた物件が事務所か、住宅かで消費税の扱いが逆になります

事務所・店舗として借りる住宅(社宅など)として借りる
家賃課税非課税
礼金・更新料課税非課税
敷引き(返還されない部分)課税非課税
敷金・保証金(返ってくる部分)不課税不課税
仲介手数料課税課税

住宅の貸付けは消費税が非課税なので、社宅を借りたときの家賃や礼金には消費税が乗りません。でも仲介手数料だけは課税です。「住宅だから全部非課税」とまとめてしまうと、ここだけずれます。

事務所と社宅の両方を契約する年は、明細を並べて、物件ごとに税区分を確認しておくと安心です。

インボイス:大家さんに登録番号がないとき

事務所として借りたなら、礼金・敷引き・家賃は課税仕入れです。ということは、仕入税額控除のためにインボイス(適格請求書)が要るという話になります。

ところが賃貸は、契約書を交わしたあとは請求書が届かないことも多い取引です。この場合、契約書・通帳の記録・登録番号の通知などを組み合わせて保存する方法があります。詳しくは家賃を口座振替で払うときのインボイス対応に手順をまとめました。

そして、大家さんが個人で、登録番号がない場合。この場合も経過措置があり、当面は一定割合を控除できます。ただし、この割合は段階的に下がります。

いまはちょうど、80%の期間の終盤にあたります。契約が秋をまたぐなら、支払った日がどちらの期間に入るかで控除できる額が変わります。慌てる話ではありませんが、金額の大きい礼金を払うタイミングなので、頭の片隅に置いておいてください。割合と帳簿の書き方は、インボイスの経過措置|免税事業者からの仕入れは80%→50%へに整理してあります。

退去のとき:預けたお金が返ってくる日

何年も先の話ですが、ここまで書いておくと、そのときの自分が助かります。

全額が返ってきたとき

普通預金  468,000 / 差入保証金  468,000

資産が現金に戻るだけなので、損益には出ません。

原状回復費用が差し引かれて返ってきたとき

たとえば468,000円のうち、原状回復費用220,000円(税込)を差し引かれて248,000円が振り込まれた場合。

普通預金     248,000 / 差入保証金  468,000
修繕費       200,000
仮払消費税等  20,000

差し引かれた220,000円(税込)は、税抜200,000円と消費税20,000円に分けます。220,000 ÷ 1.1 = 200,000円。この原状回復費用は課税仕入れなので、精算書をきちんと受け取って保存してください。

貸方合計468,000円に対し、借方は 248,000 + 200,000 + 20,000 = 468,000円。合っています。

契約時には決まっていなかった「返さない分」が、退去時に決まったとき

契約書に敷引きの定めがなく、退去のときに初めて「これだけ差し引きます」と言われた場合は、その確定した時点で費用にします。契約時にさかのぼって直す必要はありません。

迷ったときのチェックリスト

そのままコピーして、契約書のコピーに貼っておけるようにしておきます。

契約したその日に

記帳するときに

決算のときに

明日やること(まず1つだけ)

全部をいっぺんに整えようとすると、それだけで気が重くなります。明日やることは、ひとつで十分です。

契約書の「敷金」または「保証金」の条項だけを開いて、返ってこない部分があるかどうかを確認する。

あれば、その金額に蛍光ペンを引いて、明細のコピーの余白に「うち◯◯円は戻らない」と書き込んでおく。これだけで、仕訳の8割は決まります。

余力があれば、勘定科目の選び方を見ながら、自社で使う科目名(「差入保証金」か「敷金」か)を決めて、勘定科目の一覧にメモを残しておいてください。次に事務所を借りるのは何年も先で、そのとき見るのはこのメモです。

最後に

事務所を借りたときの経理は、少し不思議な仕事です。

会社にとっては、新しい場所で働き始めるという明るい出来事なのに、経理の席から見えるのは、性質のばらばらなお金が並んだ1枚の明細だけ。しかも金額が大きいので、間違えたときの重さだけがはっきり想像できてしまいます。

賃貸契約の仕訳を終えて明細にチェックを入れ、新しい事務所を見渡して穏やかな表情で顔を上げているひとり経理の担当者

それでも、覚えることは思ったより少なかったはずです。返ってくるか、返ってこないか。返ってこないなら、20万円の線のどちら側か。この2つを順に当てはめれば、明細のどの行も居場所が決まります。

そして、あなたがいま契約書の条項を一つずつ確かめて残したメモは、何年も先、この事務所を出ていく日に誰かが必ず開くものになります。そのとき「ちゃんと書いてあった」と思ってもらえる仕事を、あなたは今日しています。表に出にくいけれど、会社の場所を支えているのは、この記録です。

大きな金額の明細を前にして、手を止めて調べたこと。それだけで、もう十分に丁寧な仕事です。細かい数字は覚えなくて大丈夫。迷ったらまた、この「返ってくるか/返ってこないか」に戻ってきてください。ここで一緒に確かめられます。

本記事は一般的な実務情報です。繰延資産の判定や償却期間、少額の判定基準、消費税の課税区分、インボイスの経過措置の適用は、契約内容・制度改正・個別の事情によって変わります。最終的な判断は、国税庁の最新の情報や、顧問税理士・所轄税務署にご確認ください。

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